2026年1月25日 (日)

イオン滞在9時間

退院したてのカミさんのリクエストで、長男と3人で「イオンモール須坂」にやって来ました。

長い入院生活から解放されてゆっくり買い物もしたいだろうし、イオンだったら天候も気にしなくてもいいし、疲れても休むところはたくさんあるし、たしかにリハビリにはちょうどいい場所かもしれません。

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今日は朝からあいにくの雪。もし駐車場が混んでいて、店から遠かったら嫌なので早めに家を出たら、余裕で店舗近くの屋根付き駐車場に停めることができました。

時刻はまだ9:40。さすがにちょっと早すぎたかな?

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この時間だとまだ専門店街も開いていないので、適当にイオンの売り場をぶらぶら。薬局の片隅で血圧や血管年齢などを測ってみたりしてました。

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10:00になり、専門店街がオープンしました。専門店街へ通じるゲートが開くのを並んで待っているお客さんが結構多いのにびっくり。

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少し店を見て回ったところでカミさんと別れ、自分と長男は4階の「イオンシネマ」へ。

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今日は長男と2人で「鬼滅の刃 無限城編」を観るのです。(今さら?というツッコミは無視します)

映画の感想はまた別の記事でアップしますね。

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映画を観終わった時点で、時刻はすでに14:00になろうとしていました。フードコートでカミさんと合流し、遅めの昼食をとりました。

昼食後、ここのイオンに来るのが初めての長男は、どこかで服を買いたいとのことで一緒に店を見て回りました。

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1時間あまり歩き回り、さすがにちょっと疲れてきました。しばらく長男と別行動にして、自分とカミさんはフードコートで休憩。カミさんはイオンのフリーWi-Fiをつないでバスケ観戦を始めました。好きだねえ~。

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時刻はすでに17:00すぎ。長男はもう一回見てみたい店があるとのことで、さらに別のフロアへと足を進めてました。元気だな・・・。

自分は特に買いたいものは無いし、もともと人混みが嫌いだし、だんだんこの空間にいること自体が苦痛になってきて、いい加減に帰りたくなってきました。さらに少しお腹が空いてきたこともあって、イライラが募ってきました。こりゃいかん!何かチャージしないと。

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そのまま夕食に突入。お腹も満たされて、ちょっとだけ気持ちが落ち着きました。

結局、イオンを出たのはまもなく19:00になろうかという時間でした。なんと、今日は9時間以上もイオンにいたことになります。すっかり精気を吸い取られてしまい、きょうはクタクタです。

カミさん的にはいいリハビリにもなったようですし、長男にとっても初めてのイオンを十分に満喫したようでした。俺はもう、しばらくは来なくてもいいかな・・・

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2026年1月23日 (金)

カミさんの入院記録⑧~退院に向けて

1月8日(木)に面会に行って以降、大きな変化はなし。

カミさんが毎日LINEで詳細に報告を送ってくれるので、心配することはほぼなくなりました。

カミさんは、日々のリハビリメニューに加え、毎日廊下を歩いて筋力アップのための自主トレに励み、暇な時間はクロスワードをやったり、談話室まで行ってWi-Fiをつないでスマホで動画を観たりして日々過ごしていました。

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1月16日(金)には、ウチの両親が佐久市から面会に来てくれました。すっかり元気になった姿に、両親も安心したようです。

1月19日(月)の検査の結果も特に問題はなかったとのこと。

そして、翌1月20日(火)、ついに・・・

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1月22日(木)に退院となりました

12月16日から数えて38日間、長かったようで過ぎてしまえばあっという間です。

そして、長々と綴ってきた、このカミさんの入院記録もこれで終わりです。

ここまで読んでいただいた方、長々とお付き合い、ありがとうございました。

この記録が何かのお役に立てれば幸いです。

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カミさんの入院記録⑦~個室から大部屋へ

1月1日(木)

こちらは長男のインフル発症でバタバタしている中、カミさんからLINEで報告あり。

「昨晩の22:45(大晦日の夜)、私よりも重篤な患者さんが出たとのことで、急きょ個室から4人部屋に移されました」

そっちもそっちで、新年から大変だね・・・

朝食後は介助してもらいながら歩行器でトイレに行くことができたとのこと。(それだけで疲れてしまい、帰りは車椅子)

1月2日(金)

カミさんからの報告。

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ついに自由の身に!

1月3日(土)

カミさんからLINE。

「【吉報】念のため確保していた点滴の針も先ほど抜けました」

ついにすべての管が抜けた!!

1月5日(月)

カミさん、入院後初のシャワーを浴びてめちゃすっきり!との報告あり。

大部屋になってから、同室の患者のマナーが悪い(病室で大声で電話する、看護師さんへの横柄な態度など)ことに対する愚痴をこぼすようになる。

まあ、それもこれも元気になった証拠ということか・・・

1月7日(水)

血管拡張作用の薬の服用は、今朝で終了。あとは血液サラサラの薬と、胃を保護する薬を1日1錠服用するのみ。

昼食後、初めて病棟を出て、院内の小さな図書館まで歩行器を使って歩いて行ってみたとのこと。いよいよそこまで回復したか。

1月8日(木)

今日は午後有休を取り、年が明けてから初めて病院へ。

カミさんは歩行器なしでもスタスタ歩けるようになっていて、そのあまりに元気な姿に絶句してしまう。

16:00からカミさん同席の下、今後の予定について主治医の先生からの説明を受ける。

1月19日(月)にカテーテルを使った詳細な検査をし、手術した箇所の確認をして退院の判断をするとのこと。・・・ということは、退院は最速でその翌日くらいか。

16:30には義父母と義妹が面会に来てくれる。やはり元気な姿を見て驚くとともに、たいぶ安心できたようだった。

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カミさんの入院記録⑥~寝たきりからの解放

12月26日(金)

朝9:30過ぎ、カミさんからLINEで連絡が入る。

「【速報】今、背中の管抜きました」

腰椎ドレナージ(脳脊髄液の排出)のために脊髄に入っていた管が抜けたという。管を見たらかなり細いもので、長さが20cmくらいあったとのこと。

これでベッドから下りられる!と思ったが、めまいがひどくて身体を起こすことができず、今日はリハビリ無しとなったそうだ。

12月29日(月)

カミさんからLINEで写真が届く。

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うおー!車椅子に座って食事している!余裕のピースまで!!
(後で聞いたら、実はかなり無理をしていたらしい)

ベッドから下りれるようになったので、今日からポータブルトイレの使用を始めたとのこと。すごい!順調に回復してるじゃん!!

夕方、次女と一緒に病院に行き、差し入れをしてくる。(靴、小銭、上着、お茶、筆記用具、クロスワード雑誌など)

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「来たよ」の写真をカミさんにLINEで送る。

12月30日(火)

今日は入院後で一番調子がいい、とLINEで連絡が来る。

昨日差し入れたクロスワード雑誌を解いていて楽しい!とも。そりゃよかった!

12月31日(水)

年越しのため、カミさんを除いた4人で佐久市の両親の家へ

カミさんは、点滴1本と導尿カテーテルを残して、他の管は全部外れたと連絡あり。

両親の家で昼食をいただいていると、今度は動画が届く。

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うおー!歩行器を使って歩いているじゃん!!これはすごい!ついにここまで来た!!!

年末に、これはとても嬉しい知らせとなった。

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カミさんの入院記録⑤~スマホで連絡できるようになる

12月21日(日)

カミさんから初めて直接連絡が来る。

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最初のメッセージが「Wi-Fiはどれを選べばいいのか」。真っ先にそれかい!(笑)まあ大事だけど。

するとすぐにまた次のメッセージ。

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指輪は救急からICUに運ばれる前に看護師さんから預かり済み。それは良いとして、「小栗くんは復帰したの?」って。(笑)

「小栗くん」というのは、10月に試合中の怪我で戦線離脱し、つい先日復帰を果たした信州ブレイブウォリアーズの小栗瑛哉(あきとし)選手のこと。自分の病床から、すぐにそこを気にするなんて、ブースター(バスケファン)の鏡だな!元気そうで何よりだが。

12月22日(日)

ウチの家族5人のLINEグループに初めてカミさんからの連絡が来る。

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LINEで直接連絡できるようになれば、だいぶ気が楽になるな。

12月24日(水)

義妹(カミさんの妹)と姪がお見舞いに来てくれる。自分も今日は午後有休を取り、病院で待ち合わせて一緒に病室へ。

カミさんは以前よりもさらに回復してきて、今は食欲もあって、お通じも一日1回ちゃんとあるとのこと。

1回の面会時間は30分程度までと言われていたのに、ついつい話し込んでしまい、看護師さんに促されるまで時間オーバーに気付かず。

12月25日(木)

今日も午後有休を取り、義母を連れて面会へ。

カミさんは、MRIとCT、胸部レントゲンと検査尽くしの1日で、今日は疲れたとのこと。検査結果は問題なさそうなので、明日にでも腰椎ドレナージのチューブが外せるそうだ。

病院は来週から年末年始休みに入ってしまうので、面会はできなくなる。明日は仕事を休まないつもりなので、年内の面会は今日が最後。

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カミさんの入院記録④~ICUから一般病棟へ

カミさんの発症から手術までの長い一日を3回に分けて書きました。ちょっとてんこ盛り過ぎましたかね?

でも、どうしても詳細に書いておきたかったので、これですっきりしました。

手術以後の経緯は、もう少し簡潔に綴っていきたいと思います。

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12月17日(水)

昨晩は22:00には布団に入り、今朝6:00過ぎまでぐっすり眠れた。すっきりした目覚め。昨日の疲れはこれで全部取れた!

10:00すぎ、カミさんの様子を伺うために病院へ電話したところ、看護師さんに代わってカミさんが電話口に出る。もう電話ができるくらい回復したんだ!と驚く。

病院へ持って来て欲しいものがいろいろあるとのことなので、今日の午後に持って行く旨を伝える。

午後、長男と善光寺へ行ってカミさんの回復を祈ってお参り。「病気平癒お守り」を購入。

15:25、面会のため長男と一緒に病院へ。ちょうどMRI検査を終えたばかりで、カミさんは疲れてしまったようで元気がなかった。

治療薬の副作用のためか、頭痛があるのと、光の刺激が眩しいのが嫌とのこと。

昨日は気付かなかったが、血液が混ざった脳脊髄液を体外に排出するため、脊髄に管が入っていた。(腰椎ドレナージ)

排出された液が鮮やかな赤い色をしているのが、何とも生々しい。

ここで主治医の先生(最初に夜勤の当直で診てくれた先生)がやって来て、今の状況を説明していただく。

今日のMRI検査と明日のCT検査の結果を見て、問題ないようであれば、ICUから一般病棟へ移れるとのこと。

12月18日(木)

通常通り出勤。

午後、会社から病院へ電話して様子を尋ねたところ、今日の昼に手術後初めての食事を摂ったとの報告があった。よかった!もう、そこまで回復したのか!

ベッドの上でのリハビリも始まったが、疲れてしまったようで今は眠っているとのこと。まだICUにいるが、もし一般病棟に移動することになったら改めて電話をいだたけることになった。

12月19日(金)

一日有休を取って、もともとカミさんがやる予定だった用事をこなす。(クルマの点検、銀行、郵便局、その他)

10:40、主治医の先生から電話あり。MRIとCTの検査の結果、出血は止まっているはずだが、まだ脳内の血液の残存があるため、もうしばらく経過観察が必要とのこと。

その1時間後、今度はICU担当の看護師さんから電話。今日の14:00にICUから一般病棟へ移ることが決まったという連絡だった。

さっきの主治医の先生の話を聞く限り、もうしばらくかかるものだと思っていたので、意外な展開。逆に一般病棟へ移るのが早すぎるんじゃないか?と、ちょっとモヤモヤする。

15:30、一般病棟へ移ってひと段落したであろう頃を見計らって病院へ電話し、状況を確認。

予定通り一般病棟へ移動し、現在はナースステーションのすぐ隣の個室に入っているとのこと。今後の面会方法について問い合わせると、個室に入っている間は、平日の15:00~18:00の間であれば予約不要で面会できるとのこと。
(ICUは重篤患者向けなので、原則的にいつでも面会できた)

ん?ってことは、今日はまた面会できるチャンスじゃん!

すぐにカミさんの実家へ電話し、急きょ義父母を連れて面会に行くことに。

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17:00、長男も連れて、義父母と一緒に一般病棟の個室で面会。

食事は少しずつ摂れるようになったが、ときどき突然の吐き気に見舞われることがあるとのこと。実際、面会の場でも少し嘔吐してしまった。

頭痛はずっと続いており、身体を起こそうとするとめまいがする、目からの刺激が敏感で、眩しくて目を開けていられないと。これも治療薬の副作用なのかな?

ここで初めてカミさんにスマホを手渡す。(ICUはスマホ持ち込み禁止だったので)

スマホを手にしたカミさんの第一声は、「うわぁ・・・スマホってこんなに重たかったんだ」。

まだしばらくはスマホを見る元気がないとのこと。まあ、慌てずにゆっくりでいいからね。

義父母は、カミさんが発症してから初めての面会となったが、会話は普通にできるため、いったんは安心できたようだった。

義父母を家まで送り届けたところで、義妹(カミさんの妹)一家にも会い、これまでの顛末をひと通り話すことができた。

こうやっていろんな人に話すことで、自分の気持ちがどんどん楽になっていくことを実感した。

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カミさんの入院記録③~緊急手術

12月16日(火) 午前8:00

部屋のドアをノックし、長男を起こしました。病院から帰って来て、2時間くらいは眠れたらしい。俺は一睡もできなかったけどな・・・

長男が朝食を食べている間、カミさんの実家に電話し、義母にここまでの出来事を伝えました。

義母はずいぶん冷静で、「いろいろ大変だと思うけど、よろしくお願いします」みたいな感じで、割とあっさりと電話を終えました。
(後で聞いたらびっくりしすぎて、何て言っていいか分からなかったらしい)

続けて長女と次女にLINEで報告し、同じ文面を自分の両親にも送りました。

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両親からは「これからすぐゆきます」と返事が来ましたが、今来てもらっても困るのですぐに制止しました。

自分の職場にも事情を簡潔に伝え、今日は一日お休みをいただく旨を連絡。そうこうしているうちに家を出る時間になりました。

午前9:00

長男と二人で再び病院へ。当直の先生から話を聞きました。

「先ほど、他の脳外科の先生たちと話し合いをしました。その結果、出血している動脈瘤の場所が通常よくある位置ではないので、手術をするにあたり周辺の血管がどうなっているか、さらに詳しく調べる必要があるという話になりました」

「検査の方法は、脚の付け根(鼠径部)から動脈にカテーテルという細い管を入れて脳の近くまで持っていき、そこで直接造影剤を流して撮影する(血管撮影検査)というものです」

「この検査の結果を見てどのような手術をするか決定したいと思います。では、こちらの同意書に署名をお願いします」

また同意書だ・・・もう、すべて同意するしかないんだけどな。

検査開始時刻は午前10:00。検査が終わったら電話で連絡をいただけるのとのことでしたので、いったん家に戻っても良かったのですが、そのまま待合室で待たせてもらうことにしました。

テーブルに顔を伏せて仮眠しようとしましたが、全く眠れず。自販機でコーヒーを買って飲み、たいして尿意もないのに何度もトイレに行き、落ち着かない時間を過ごしました。

午前10:45

待合室に看護師さんがやって来ました。

「手術を受けるのにあたって麻酔医から説明がありますので、こちらへお越しください」

長男と二人で全身麻酔の方法とそのリスクなどについて説明を受けました。麻酔医の先生は非常に穏やかで、易しい言葉で丁寧に説明をしてくれました。

自分の手術(下垂体腺腫)のときにも思ったけど、なんで麻酔医ってみんなこんなに優しい感じの人が多いんだろう?

午前11:50

「検査が終わりましたので、先生から説明があります」と看護師さんから告げられ、長男と二人でICU内の面談室に案内されました。

そこで少し待っていると、今朝までの当直の先生とは別の先生がやって来ました。この先生が手術を担当するとのことで、詳細に説明していただきました。

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・今回のくも膜下出血の原因は、脳内の動脈瘤が破裂したことによるもの

・血管撮影検査で調べた結果、脳の奥の方の細い動脈(直径約1mm)にできた瘤(長さ約4mm)から出血していることが分かった

・くも膜下出血の手術の方法は、次の二通りある

1)開頭クリッピング術:頭を切開して直接出血している箇所をクリップで止血する方法
→出血個所を目視で確認して直接処置するため、確実に止血できるという利点がある反面、頭を切開して脳に触れるため、患者への負荷が大きいという欠点がある

2)コイル塞栓術:動脈内にカテーテルを通して動脈瘤まで到達させ、瘤の中に金属製(プラチナ)の丸まった糸(コイル)を詰めて止血する方法
→患者の身体への負荷が少ないという利点がある反面、瘤の場所や形によっては処置が難しいという欠点がある

・今回のケースは出血個所が脳の奥の方の見えづらい位置にあるため、開頭クリッピング術では、処置したい場所にたどり着くまでに手前の脳や血管をうまく避けていかないといけない。また、若い人だと脳が萎縮していないため脳内の隙間が少なく、手術しづらい

・一方、今回出血している瘤は「くびれ」があまりない形をしており、コイル塞栓術の場合は、コイルを瘤の中にきっちりと詰めることが難しい。また、瘤に至るまでの血管がかなり細いため(通常はもっと手前の太い血管に瘤ができることが多い)、コイルが瘤の中に納まり切らなかった場合は、はみ出たコイルが血流を邪魔して詰まらせてしまうリスクがある

・それぞれの方法に利点と欠点がある中で検討した結果、脳を触るリスクの方が大きいと判断し、コイル塞栓術を行うことにした

・現在は、薄い「かさぶた」のようなもので何とか出血が止まっている状態なので、いつまた再出血するか分からない。もし再出血したら命にかかわるので、速やかに手術に取り掛かる

・手術がうまくいったとしても、合併症として「脳血管攣縮(のうけっかんれんしゅく)」を起こすリスクがある。これは、脳脊髄液内に流れ出た血液が分解されていく過程で、血管が萎縮して血流が悪くなり、脳梗塞を発症するというもの。くも膜下出血の後遺症で障害が残る場合のほとんどがこれにあたる。

・その後も、脳脊髄液が脳を圧迫する「水頭症」を発症するリスクもある

・リスクを上げればきりがないが、それらが起こらないように最善を尽くして処置に当たる

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30分くらいかけて、担当の先生からしっかりと説明を受けたおかげで、十分に理解することができました。

脚の付け根から管を入れて脳の奥まで到達させ、太さ1mmの血管にできた4mmの瘤の中にプラチナ製の金属の糸を詰める・・・そんなことが可能なのか・・・

「医療技術ってすげえ」というのが率直な感想です。

手術開始はこの後すぐ、午後1:00から。手術は約3時間かかるとのことですので、いったん自宅で待機し、終わった時点で連絡をいただくことになりました。

もう、すべては先生にお任せするしかありません。先生に深く頭を下げ退室しました。

午後12:40

病院を出て家に帰る途中でスーパーに立ち寄り、お惣菜や弁当を買って昼食にしました。たいして食欲はないけど、しっかり食べておかないと。

午後2:20

仮眠を取るため、布団にもぐり込みました。めちゃめちゃ疲れているはずなのに、いろんな思いがぐるぐると巡り、頭はカンカンに覚醒しています。いかんいかん、少しは眠っておかないと!

午後3:50

全く眠れず、布団の中でもぞもぞしたまま時間ばかりが過ぎ、気が付くとこんな時間。そろそろ手術開始から3時間か・・・

布団から出て、洗濯物を取り込み、服をたたみながら病院からの連絡を待ちました。

こういうときは悪いことばかり想像してしまいます。最悪の事態が起こったとき、自分はその事実をどうやって受け止めたらいいんだろう?その後の対応は?家族への連絡は?その先の生活はどうなるんだろう?

・・・気が付くと手が止まっていました。

時計を何度も見上げ、なかなか連絡が来ないことに不安を感じ始めました。

午後5:20

今日は一日こんな感じなので身体のリズムがおかしく、妙なタイミングで便意をもよおしました。トイレに入り便座に腰を下ろして間もなく、スマホに病院からの着信がありました。

すぐに電話に出ると、先ほどの手術担当の先生からでした。

「手術は無事に終わりました。ほぼ予定通りに処置できましたので、ご説明いたします。この後病院までお越しいただけますか?」

「はい!すぐにうかがいます!」

ズボンが半分下がった状態のままトイレから飛び出して、長男に声をかけました。

「手術、無事に終わったって!すぐに病院に行くぞ!」

午後5:40

病院に着くなりICUに直行し、インターホンを鳴らしました。

「すみません、手術が終わったばかりでまだちょっと片付いていないので、こちらからお声掛けするまでお待ちください」と、看護師さんからの指示があり、待合室で待機。ちょっと早すぎたみたいです。

午後5:50

「どうぞお入りください。もうお目覚めですよ」と看護師さんから声を掛けられ、足早にICUの中へ。

カミさんは酸素吸入マスクをした状態でベットの上に横たわっていました。ベッドに駆け寄ると、こちらの気配に気付いたカミさんが目を開けました。

「・・・ああ、ごめんね。ご心配をおかけしました」とカミさん。

「ああ!気が付いた!よかったあ・・・ああ・・・よかったぁあ・・・」

脚の力が抜け、ガクガクッと膝から崩れ落ちそうになり、目から涙が溢れました。

「・・・で、私の病気はいったい何だったの?」

ああ、そうか。聞かされていないのか。

「『くも膜下出血』だよ」

「ああ、あれがそうなのか。本当にすっごい頭が痛かったよ。あんなの今まで経験したことない」

ちゃんと会話できるんだ。死ななくてよかった。本当によかった・・・

午後6:10

手術担当の先生に呼ばれ、術後の説明を聞きました。

「だいたい予定した通りの処置ができました」

「これが術後の写真ですが、瘤の中にコイルをここまで(見た目で8割くらい?)詰めてあります。これ以上詰めると血管の方まではみ出てしまいますので、ほどほどのところで止めてあります」

「今後は、脳血管攣縮を起こさないように、血液をサラサラにする薬と、血管を拡張する薬を投与していき、経過を観察することになります。まだ安心はできませんが、ここまでは無事に終わっています」

先生からの話を聞いて、とにかく一番危険な状態は脱することができたんだという実感が湧いてきました。

「よかったです・・・本当に、ありがとうございました・・・」

午後6:40

カミさんに「明日また来るよ」と告げて病院を出ました。

外はとっぷりと日が暮れて、冷たい風が肌に突き刺さります。

また夜になっちゃった・・・いやあ、しかし・・・今日は長い一日だったな・・・

安心したせいもあり、ここでどっと疲れが出てきました。そういえば腹が減ったな・・・

家に帰る途中で、夕食を買いに長男と一緒にスーパーに立ち寄りました。

「よし!今日は飲むか!」と思わず口にすると、長男から「いや、それはおかしい。ちょっと冷静になって」と、すかさずツッコミが入りました。

どうも疲れと安心感から、妙なテンションになっていたようです。

(翌日へつづく)

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カミさんの入院記録②~救命救急センター

12月16日(火)午前0:45

家を出てまもなく救急車は病院へ到着。

「ご主人、落ち着いてね。後ろが開きますので、最初に降りて。そして『2番』と書かれた入口から中に入ってください」

自分が最初に救急車を降り、続けてストレッチャーに乗せられたカミさんが搬送されていくのを見送りました。

「あ、受付はそちらです」

救急隊員に「救命救急センター」と書かれた受付を案内されましたが、窓口の前で立ちすくんでしまいました。いったい、何をすればいいんだ?

「あの・・・たった今救急車で運ばれて・・・今、何も持っていないんですが・・・」

それだけを告げると、受付の人はこちらの動揺した様子を察して「ああ、そちらで座ってお待ちください」と、待合室を指しました。

放心状態で待合室のソファに腰を下ろしました。両手はカミさんの靴を持ったまま。財布も持たずに来てしまいましたが、幸いスマホだけはポケットに入っていました。

そうだ、まずは長男に連絡だ。

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出かける準備をしておいたリュックを丸ごと家に置いてきてしまったので、長男に持って来てもらうようにお願いしました。

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「自転車で行くから15分くらいかかります」って言っていたのに、たった8分で「着きました」と連絡が来ました。慌てなくていいって言ったのにな。

午前1:20

自転車で病院に駆け付けた長男と合流し、マスクを受け取って着用すると、ちょっとだけ落ち着きました。マスクもせずに病院内にいるというだけで不安な気持ちになりますからね。

待合室のソファに並んで座り、ここまでの経緯を長男に説明。こうすることで、不安な気持ちがいくらか紛れました。長男がいてくれてよかった。ひとりじゃ、この事態は受け止めきれないや。

午前1:25

名前を呼ばれ、夜勤の当直医の先生から説明がありました。

「CTで脳の撮影をしたのがこの画像です。ここに白いのが写っていますね。これが出血の跡です。この状態から見て『くも膜下出血』だと思われます。もうちょっと詳しく調べる必要がありますので、次に造影剤を入れてCTを撮ります。では、こちらの同意書に署名をお願いします」

「くも膜下出血」って、よく聞くやつだ。これで亡くなったって人の話は何回も聞いたことがある。マジか。ヤバいやつじゃん。

緊張で口の中がカラカラです。長男と一緒に自販機の前に行き、ペットボトルの水を2本購入。ひと息で半分くらい飲んでしまいました。

午前2:10

待合室に看護師さんがやって来ました。

「これで入院になりますので、手続きに入りますね。先にこちらの問診表から記入をお願いします」と、書類を渡されました。

え、「入院」ってことは、とりあえずまだ治療は続いているんだ。手の施しようがないとか、そういう事態じゃないんだな。

そう思って、ちょっとだけ安心しました。

午前3:10

また名前を呼ばれ、当直医の先生から再び説明がありました。

「造影剤を入れてCTを撮ったところ、脳動脈瘤からの出血が認められました。『くも膜下出血』と見て間違いないです」

「『くも膜下出血』というのは、発症した人の3分の1が亡くなり、3分の1が後遺症が残り、3分の1が完全に復帰できると言われています。非常に死亡率の高い、恐ろしい病気です」

「今は出血が止まっていますが、いつまた再出血するか分からないので、今は血圧を下げる薬を使って安静にしています」

「出血を止めるためにすぐに手術をすることになります。手術は頭を切開して、直接出血している箇所にクリップを挟んで止血するという方法(開頭クリッピング術)が一般的です」

「9:00になったら他の脳外科の先生たちが出勤してきますので、そこでどのような手術をするか相談して決めます。ですので、今日はこれでお帰りいただいて、9:00にまたお越しください」

先生の話はすべてが衝撃的すぎて、とても受け止めきれません。

午前3:20

看護師さんに促されて、ベッドで寝ているカミさんのところへ行きました。

カミさんは目の上にタオルを掛けられ、鼻には酸素吸入のチューブが取り付けられ、すうすうと大きな寝息を立てて眠っていました。

おい・・・まさか、このまま目を覚まさないなんてことないよな・・・

先ほどの先生の話と、目の前のカミさんの姿がシンクロして、今大変な事態になっていることがリアルに感じられました。

看護師さんが、ベッドサイドにテーブルを持って来てくれて、そこで大量の入院手続きの書類を書きました。もう、何回署名したか分かりません。

午前4:00

救命救急センターからICU(集中治療室)へ移動することになりました。

看護師さん2名でカミさんが寝ているベッドを運び、自分と長男もそれに続きました。一緒にエレベーターに乗り込み、ICUのあるフロアへ着くと待合室へ通され、そこからカミさんのベッドを見送る形になりました。

次に会えるのは手術が終わってからってことか・・・

その後、ICU担当の看護師さんから入院に当たって準備しておいて欲しいものなどの説明を受け、ここはいったん終了。

午前4:40

病院の外へ出ました。この時間は当然まだ真っ暗です。

「じゃあ、俺先に帰ってるから」と長男は自転車で走り去っていきました。家までの道のりは徒歩で約30分。頭の中でいろんなことを考えながら、とにかく足早に家までの歩みを進めました。

午前5:10

自宅に到着。台所では、ご飯が炊きあがったことを知らせる炊飯器の電子音が鳴っていました。昨夜、カミさんがセットしたものです。

そうか・・・炊飯器はいつもの日常どおりなんだな・・・

洗濯機を回し、昨晩洗った食器を片付け、朝食の準備をしました。時計は止まってはくれません。看護師さんから渡された書類を見ながら、入院に必要なものの荷造りを始めました。

3時間後にはまた病院へ行かなくちゃ。今からじゃ、とても眠れないな・・・

(つづく)

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カミさんの入院記録①~救急搬送

昨日、カミさんは無事に退院しました。

入院期間は12月16日から1月22日までの38日間。病名は「くも膜下出血」です。

もう一度書きます。

「くも膜下出血」です。

今思うと、よく生還できたなと思います。本当に無事でよかったです。本当に。

我が家で起こったこの大事件の記録を残すため、ここから何回かに分けて、カミさんの入院から退院までを綴ってみたいと思います。

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12月16日(火)午前0:15

「ねえ・・・すごく頭が痛いの・・・お願い、救急車呼んで・・・」

隣で寝ていたカミさんの声で起こされました。

「うそ!マジで!!」

がばっと飛び起きて目を向けると、カミさんは苦悶の表情を浮かべ、頭を抱えて布団にくるまっていました。

やばい、これは一大事だ。絶対に危険なやつだ。直感で分かりました。

心臓がバクバクと激しく脈打つのを感じながら、ためらうことなく119番に電話し、救急車を要請。

すぐに外出できるように着替えて、カミさんの保険証とお薬手帳等を用意していると、間もなく救急車が到着しました。電話してから10分足らず。早い。

玄関を開けるともう目の前まで救急隊員が来ていてました。2名の隊員は家に上がるなり、ずかずかと一目散に寝室へ直行。

「どうしたかね!」
「自分の名前言える?」
「目を開けられる?これ何本か答えられる?」
「腕を上げて!はい、そのまま上げていられる?」

救急隊員の呼びかけに、カミさんはずっと激痛に顔をしかめながら、何とか対応できているという感じ。

「じゃあ、布団はがしますよ!」
「ちょっと寒いけど我慢して!」
「はい、こちら側に身体を倒して!はい、戻って!」

救急隊員が手際よくカミさんの身体を担架に乗せ、玄関まで搬送して行きました。

「えっ!お母さんどうしたの?」

自分の部屋から出てきた長男が、混乱した様子で尋ねました。

「救急車で病院へ行くから!とりあえず連絡するまで待ってて!」

長男にそう告げて、自分は救急隊員の後をついて行きました。

「ご主人は一緒に救急車に乗って行かれますか?」と聞かれ、「いえ、帰りの足がなくなっちゃいますので、すぐにクルマで追いかけます」と答えました。

「ではご主人、奥さんの靴を持って来てください」と言われ、靴を手にしてから玄関先でストレッチャーに乗せられたカミさんの近くに寄り添いました。

外灯にぼんやりと照らされたカミさんの顔を覗き込むと、目を見開いたまま。その視線は明らかに焦点が合っていません。

「・・・えっ、ねえ、分かる?」

カミさんに声を掛けるも反応なし。その様子を見た救急隊員の態度が急変しました。

「反応、○○!□□が出ている!右目△△、左目▽▽!」

何か専門用語で容体を報告しています。

「ご主人、一緒に来てください!すぐに乗って!!」

手に靴を持ったまま、他の荷物は何も持たず、マスクすらつけていない状態で促されるままに救急車の最後部に乗り込みました。

「両脚に◎◎!上肢に☆☆!血圧★★!」

カミさんの様子を見ると、足がピーンと伸び、ひじが曲がって手が震えて痙攣しているようでした。ええっ!これは危ない状態なんじゃないか?

「○○さん!聞こえる?!分かる?!」

救急隊員の呼びかけにも反応を示しません。

「すぐにクルマ出して!急ぎめでお願い!」

救急車内の緊迫した状況から、カミさんの容体が良くないことは分かりました。自分はカミさんの傍らに座り、その様子を見ていることしかできません。恐怖で足がガクガク震えているのが分かりました。

動き始めた救急車の中から長男に電話。

「俺、一緒に救急車に乗っていくことになったから!また後で連絡するから、とりあえず家で待ってて!」

深夜の住宅街にサイレンが鳴り響き、救急車は病院へ向かって走り出しました。

うわあ・・・マジかよ・・・たのむ・・・無事であってくれ・・・

(つづく)

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2026年1月22日 (木)

カミさん退院!

カミさんが無事に退院となりました。

11:00ちょっと前に長男と一緒に病院へお迎えに行き、主治医の先生から話を聞き、支払いを済ませ、12:00過ぎに無事に病院を脱出!入院してから1か月余り、カミさんはようやく自由を手に入れました。

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さっそく、近くのレストランに入ってランチをいただきました。

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久々に食べる、病院以外での食事はおいしいでしょ!

カミさんは病院での食事は全部おいしかったと言っていたので、ここでの食事ではそれほど感動は無かったみたいです。

自分が入院していた時は、病院での食事はどれもあまりおいしいとは感じられなかったので、ちょっと意外な反応でしたが。

食事の後、病院の周りを少し歩いて、銀行や郵便局で所用を済ませました。

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折しも、今日は真冬日の予報で、この時点での外気温はマイナス3℃。歩道が凍結しているので、歩くのも慎重になります。ここで転倒したら大変だからね。

長男はカミさんのすぐ脇を歩いて、腰にそっと手を当てて身体を気遣っていました。お前は優しいなあ。

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